行動を支配する音の心理学

行動に影響を与える音楽

皆さんはこんな経験をしたことがありませんか?

・お肉の焼ける音を聞くとよだれが出た
・クラブなど大音量の場所でトランス状態になりあっという間に時間がたっていた
・いきなり物音が鳴ってびっくりした
・音楽を聴いて涙が出た

などなど、こういった経験は誰にでもあると思います。
もちろん影響の全てが聴覚を使った音に反応したものではなく、嗅覚や視覚または記憶が原因かもしれません。

ですが皆さんが思っているほど「音」というのは、我々の無意識にしっかりと認知され、行動にまでも影響を与えます。

その「音」に、リズムメロディハーモニーが加わり音楽となります。
これを音楽の”三大要素”と言います。

そんな「音」の秘密を皆さんと探求したいと思います。

音が脳に伝わるまで


画像出典:日本耳鼻咽喉科学会

音を認知するメカニズムですが、そもそも音とは空気の振動です。
この振動が脳に認知されることによって、我々は感情的に変動が起こったり、記憶が想起されたりといったことが起こります。

時には気持ちよさ、または不快感、そして行動にまで影響を与える「音」の道のりを見ていきましょう。

音が鼓膜に届く

まずは音の振動が振動が耳から入ることによって、長さ約3,5cmの外耳道(がいじどう)を通って鼓膜を揺らします。

そして鼓膜へ伝わった振動は、中耳にある3つの連結した耳小骨(つち骨,きぬた骨,あぶみ骨)に伝わります。

この小骨で受けた振動を増幅して内耳へと伝わっていきます。

ただし耳小骨は骨である以上、どうしても物理的な制限があり、大きすぎる音が入ってきても鼓膜のように大きく振動せず、反対に小さすぎてしまうと振動すらしません。

我々人間の耳に可聴域(かちょういき)があるのはこのためで、可聴域の下が約20Hz(ヘルツ)、上が約20,000Hzと決まっているのは、鼓膜の振動を内耳に伝える伝導体が骨だからなのです。(可聴域を超えた周波数が超音波)

音の高低に反応する蝸牛

続いて、耳小骨のある中耳の奥が内耳で、内耳には蝸牛(かぎゅう)という器官がありカタツムリの形をしています。

蝸牛の内部はリンパ液で満たされており、リンパ液の中には約2万個の有毛細胞があります。
この有毛細胞は蝸牛内部に生えた毛で、この毛が音の周波数の高低に反応しているのです。

高い音は蝸牛の入り口付近に生えた毛だけを揺らし、低い音は蝸牛の奥(カタツムリの殻の奥)のほうの毛まで振動させます。

蝸牛の入り口付近の有毛細胞しか振動していないと脳が認識すれば、高い音が鳴っているとわかり、蝸牛の奥まで振動していれば、低い音が鳴っているとわかるわけです。

ちなみに年齢が上がってくるに従い高音が聞き取りづらくなるのは、高音に反応する有毛細胞が蝸牛の入り口に生えているからです。

どういうことかと言いますと、入り口付近の毛なので担当外の低い音でも常に反応させられることになり、消耗が激しくなってしまいます。

例えば、高齢になり高音の代表的な音であるモスキート音が聞こえなくなるのは、高周波に反応する入り口付近の有毛細胞が徐々に劣化していっているためです。

定常音を感知する蝸牛神経

蝸牛の有毛細胞で音を電気信号に変えたあとは下部脳幹にある蝸牛神経核で音を認知していきます。この蝸牛神経核では定常音を感知します。

定常音とは変動数の少ない音で、街の雑踏のような音のことです。
変動数が少ないと環境音化し、大きければ騒音、雑音となります。

蝸牛神経核では、定常音を感知する神経細胞が揃っており、その音が高い音なのか、低い音なのか、長く続く音なのか、短い音なのか、基本的な判断をします。

蝸牛神経核を出たあとは上オリーブ核に入ります。

上オリーブ核では、音の位置情報が分析され、上下前後左右、音がどの方向から来ているのか、音の出どころ、自分の立ち位置などの音の奥ゆき、空間情報を感知します。

音の大きさを感知する内側膝状体

上オリーブ核を出たあとは上部脳幹の下丘から内側膝状体(ないそくしつじょうたい)に入ります。

下丘(かきゅう)の中心核には各周波数に反応する神経細胞が円心状に広がっており、内側膝状体の腹側核では神経細胞が周波数ごとの層構造に収まっています。

AMニューロンと呼ばれる神経細胞は音圧が一定の周期で動いている時に反応し、FMニューロンと呼ばれる神経細胞は周波数の変化に対して反応します。

ここでは、周波数ごとの音の大きさや音の変化、つまり周波数と音波の物理的な特質を分析しています。

大脳皮質で音が音楽へ

次に大脳皮質(大脳の表面に広がる神経細胞の灰白質の薄い層)に入ります。

大脳皮質では音楽の要素である、リズム、メロディ、ハーモニーを感知していき、音楽として音を理解していきます。

脳幹から入ってきた音情報は、まず一次聴覚野に入ります。

一次聴覚野では一定の周波数を感知する神経細胞があり、連続して鳴ったり、一定の順序を持って鳴らされている時だけに反応する細胞などがあります。

腹側経路と背側経路


画像出典:ON-KEN SCOPE

このあとに腹側経路背側経路という2つの経路を使い、脳の中を音楽情報が巡ります。

腹側経路では、一次聴覚野を出たあとに側頭極に入ります。
側頭極では、意味記憶や他人への思いやりなどの社会的情動などに関する機能を持つところで、その後に、未来のことについて考えることなどに関する前頭極へ流れていき、最後は大脳辺縁系に流れて情動を喚起させます。

一方で背側経路では、一次聴覚野から言語の認知を行う前頭葉の角回に流れていきます。
そこから一次運動野などを経由して、前頭極へと流れていきます。

最終的に思考や創造性を担う脳の最高中枢であると言われる前頭前野で統合的に処理され、大脳辺縁系に流れ、我々の情動を揺り動かします。

このように脳の隅々を巡り活性化させることで、我々の気分や行動にまでも影響を及ぼし、時には涙を流すという反応までも起こります。

音と行動

我々の精神や行動にまでも影響を及ぼすのは、脳の隅々で「音」を情報処理しているからというのを理解できたところで、その音情報はどう我々の行動に影響を及ぼすのかという観点に、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

なぜ音に反応するのか

そもそもなぜこれほどまでに音に反応するかと言いますと、我々は生き残るために音に反応してきたから、という説があります。

例えば、夜に森を歩いてた時に、敏感に音を聞き分け反応しなければ人類は生き残れなかったのかもしれません。

我々の祖先たちは、茂みから「ガサッガサッ」と音がした時に、獲物か、または敵の獣か、一気に交感神経を高め戦闘モードに入ります。

つねに音に対して過敏に反応してこなければ、種の保存はできなかったのです。

ホラー映画の音を消して見てみる

音が我々に与える影響というのは、様々なところで見られます。

バラエティ番組では、サブリミナル効果として「ここぞ」という場面でオーディエンスの笑い声が入ったりします。

冷静にバラエティ番組を見ていると、ただたんにタレントたちがお喋りしているだけなのに、なぜかこちらまでとても面白おかしくなってしまいます。

それこそバックで流れる笑い声の効果であり、我々の無意識に強く影響を与えてきます。
試しにホラー映画の音量を切って視聴してみてください。

すると聴覚から入ってくる情報はなくなり、視覚情報がメインとなります。
すると一気に恐怖心が軽減されているのが実感できるはずです。

音楽とドーパミン

音情報が音楽として脳に認知された時、脳の中でもとくに原始的な部位である、大脳辺縁系より脳内麻薬物質と言われるドーパミンやβエンドルフィンが分泌されます。

ドーパミン・・・行動、思考意欲、感情、記憶などに影響を与えている。

βエンドルフィン・・・脳内麻薬といわれ、快感をもたらす。鎮痛作用もある。

セロトニン・・・ドーパミンやアドレナリンなどのバランスを調整したり、気分を安定させる。

ノルアドレナリン・・・興奮や怒りを引き出す。覚醒作用もある。

好きな音楽を聴いたときの気持ち良さは、脳内麻薬物質と言われるホルモンが原因で、睡眠や食事などに感じる幸福感もそれと同じです。

日々の生活で、ちょっとやる気が出ない時に音楽を聴くことで快楽ホルモンが分泌され、行動のエネルギーレベルを高めてくれる効果があります。

音楽がストレスを軽減する

ストレス研究者であるロバート・サポルスキー博士は著書『なぜシマウマは胃潰瘍にならないか』の中で、シマウマはストレスを長引かせないということが書かれています。

茂みからライオンが飛び出してきた時、シマウマは瞬時に「逃げろ!」と反応しますが、逃走に成功すると次の瞬間には忘れているというのです。

サポルスキー博士は「野生動物はライオンから逃れるのに30年は要しない。しかし、人間は30年ローンやそれ以外の長期に渡る問題を抱えている」と言っています。

このようなストレス現代社会では、ストレス性疾患といわるストレスが原因で起こる、うつ病や失調症、メニエール病などがあります。

ストレスホルモンと言われる「コルチゾル」は副腎から分泌されます。
通常であればストレスに適応するために分泌されるのですが、必要以上に分泌されたときに悪影響を及ぼしストレス疾患を招きます。

コルチゾルの悪影響として大きなものが、記憶を司る海馬の萎縮です。
ここが傷つくと短期記憶に障害が出たり、うつ病になりやすい可能性があります。

脳の情報処理機能だけではなく、消化器系の活動も不安定になり胃潰瘍なども併発します。

これには様々な対処法がありますが、音楽を聴くことで快楽ホルモンが分泌され、ストレスホルモンと言われるコルチゾルを低下させるといった方法が、医療の現場で認知されつつあります。

音楽が刺激するA10神経


画像出典:NEVERまとめ

音楽を聴くことで幸せや快楽感を感じることができのはA10神経と呼ばれる存在が大きいと考えられています。

A10神経は脳の視床下部から前頭前野までつながっている神経で、中脳の左右2列に並んだ神経核の外側の下から10番目にあたるためこう呼ばれています。

視床下部や偏桃体は自律神経や情動をコントロールすることから生命維持の柱とも言えますし、前頭前野は人格の形成や社会行動に関わる進化した脳と言われています。

A10神経が刺激されると、音楽が快楽ホルモンのドーパミンを分泌し、やる気中枢とも呼ばれる側坐核(そくざかく)を活性化させます。

側坐核とは我々が快楽や幸福感を味わうプロセスの上で重要な役割を果たしており、音楽を聴いた時に、この側坐核を含む大脳辺縁系が反応し、快楽や幸福を味わうのです。

そして側坐核で起きた反応は、進化した脳と言われる前頭前野に伝達し、高度な認知機能が高められると言われています。

音楽とIQ モーツァルトを聴くと頭がよくなる?「モーツァルト効果」

サウンド・マーケティング

音楽が人間に与える影響を考慮し、ビジネスの現場にも盛んに音楽が取り入れられています。
そんなマーケティング手法を”サウンド・マーケティング“と呼びます。

ジョエル・ベッカーマン著の『なぜ、あの「音」を聞くと買いたくなるのか/サウンド・マーケティング戦略』では、とても興味深い研究事例の数々が紹介されています。

レストランでスローテンポの曲を聞きながら食事をした客は、アップテンポの曲を聞いた客よりも13分56秒長く店に滞在したという。
また、スローテンポの曲を聞いたグループのほうが食事に集中する時間が長かったこt、そしてその時間は統計上有意であったと報告している。

コールドウェルとヒバートの研究は、ショッピングモール、小売店、カフェで客が使うお金や費やす時間に焦点を当てた先行研究をさらに発展させたものだ。
そのような先行研究の1つに、著名なマーケティングの専門家ロナルド・E・ミルマン教授の研究がある。
1980年代に発表されたその研究によると、アップテンポな曲よりもスローテンポの曲を流したほうが、スーパーマーケットの売上が38%増加したという。

~中略~

音楽を聴いて気持ちがたかぶれば、それだけ買い物に費やす時間が減ることも判明している。
アップテンポの曲を耳にした客はそそくさと店を後にする。
買い物に費やす時間が少ないということは、それだけお店に落とすお金も少ないということだ。

この様にビジネスの現場で音楽を上手く使うことは、なにも商売店ばかりではありません。

心を動かす音の心理学/行動を支配する音楽の力』の著者で音響コンサルタントの齋藤寛氏は、医療の現場(待合室など)でリラクゼーション音楽を流すことによって、患者の副交感神経を優位にし不安感の軽減につながると言います。

さらに本の中では、歯科医院を例に上げ、顧客となるターゲットに合わせBGMを選択することの重要性を説いてます。

その場にふさわしい曲を選ぶポイントはまずターゲットを設定すること。
ここがぶれてしまうとイメージが散漫になり、結局大多数から共感を得られないということになってしまいます。
よく言われることですが、ターゲットは絞れば絞るほど効果が出ることを覚えていてください。

内装はエステサロンのような歯科医院であっても、「二〇代~三〇代の女性がターゲットだけど、子どもの治療もするし、年配の人にだって来てほしい」と考えるのではなく、そこをグッと絞って「二〇代後半のひとり暮らしの女性。年収は○○○万円で愛車は□□」のようにこれでもかと絞っていくと、逆にそこに共感するひとが集まってきます。
そうすることで、その場にふさわしい曲を選ぶことができるのです。

また齋藤寛氏は本の中で、飲食店などのにおけるBGMの重要性について”マスキング効果“を取り上げています。

マスキング効果とは、ある音を別の音で隠してしまう働きのことです。

例えば飲食店で隣のテーブルの話声、大通りの車の騒音、自動ドアの開閉音など、お客が快適に過ごせるように、BGMをかける側はこのことを意識しなければなりません。

どんな音楽を聴けばいいのか

音が聴こえる仕組みから、音が我々に与える影響を見てきたところで、1つ疑問が残ったのではないでしょうか。

では、どんな音楽を聴けばいいの

その質問については、様々な見方からの意見があると思いますが、1つの答えとして「自分の好きな曲(その時の自分の気持ちに合う)」、そしてもう1つは「生の楽器を使った音楽」です。

人間は海や星空などの大自然に身を置くと無条件にリラックスします。

それと同様に、人間がリラックスして気持ちが前向きになれるのは自然や生の楽器を使った音楽であることが多いのです。

現代人は普段の生活から電子音に囲まれています。

中でも電話の着信音や、駅のホームで流れる発車音、サイレンなどなど、普段の生活で「少し疲れたな」と思ったら、気分転換に生の楽器を使った音楽を聴いてみてはどうでしょうか。

おわりに

人によっては音楽の良い面が見つかったかもしれません。
ですが人間の進化において、音楽に否定的な意見もあります。

1997年に認知心理学者のスティーブン・ピンカーがこう発言しました。

音楽は聴覚的チーズケーキだ

これは音楽がチーズケーキのように美味しいというわけではなく、人間はチーズケーキを好きになるように進化してきたわけではないということ。

糖分や脂肪を摂取すると脳の報酬系が喜び、活性化するという神経構造は進化の過程で必要だったものの、とくにチーズケーキでなくても良かったという主張です。この発言には音楽好きな方々から物議がかもされました。